月報『聖ミカエル便り』巻頭言

2018年 3月号

死と復活




引越の準備が始まり、段ボール箱を1日1個作ることを心がけてきましたが、次第に荷物の置き場がなくなってきました。家財を運んでぎっくり腰になりました。必死の歩みを、息子に「おじいちゃんみたい」と笑われましたが、「おじいちゃん」の歩き方がなぜああなるのか身をもって理解できた気がしましたし、お辛そうな方々への気持ちも変わりました。苦しい経験は、隣人愛をかき立てることに気付かされました。

埃と段ボールに囲まれながら6年間の務めを振り返りますと、はじめの2年は管理教会もあり、思い出すだけで気が滅入るような時期でした。やがてダウンし、皆さまにご心配をおかけしながら管理を終えました。そこから立ち上がるには、自己の再構築と、それに見合った自己管理が必要となりました。また、思い上がりの発見とそこからの解放の過程でもありました。精神、心理に関する学びの機会も得て、心的喪失や依存の構造を垣間見ました。まだその過程が終わったわけではありませんが、4年が過ぎ、異動という節目にあたり思うことは、もう二度とあのような苦しみは負いたくないけれど、あの時期に得たものが、これからの歩みの道標になりそうだということです。もっと別な一般的な捉え方もあるかと思いますが、私はこれを自分自身の死と復活として受け止めたいと思っています。いつか経験するであろうその時を、前もって、生きながらにして過ぎ越したのだろうと。そして、信仰を生きるということは、日々の体験のうちにこのような予兆を見出していくことなのではないかと思うのです。

大きな拾いものを得ましたが、その反面、十分に働けたのかという疑問は拭うことができません。足りない働きにもかかわらず、私自身のこのような歩みが、皆さまのお支えによって進められたことを忘れるわけにはいきません。家族もそれぞれにお支えいただきました。心より感謝申し上げます。そして鎌倉での6年間、生かし、育んでくださった神様に感謝しつつ、新たな一歩を踏み出して参りたいと思います。

後任の北澤司祭とそのご家族とも、変わらぬお交わりをお願いいたします。皆さまお一人おひとりにご挨拶すべきところ、この場をお借りして御礼申し上げます。

ほんとうに、ありがとうございました。

主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、皆さんとともにありますように。

牧師 司祭サムエル小林祐二(2018年3月、異動)